年金生活者の生活は
「後期高齢者医療制度」がスタートした日に、ネーミングが悪いとの首相の指示で「長寿医療制度」(通称)と変えたようだ。名称が悪いのはその通りだが、巷には、高負担を強いられる高齢の年金生活者の声が満ち溢れている。
東京都の被保険者の保険料の負担は、高所得者は現在よりも安くなるという逆転現象。ここにも、弱肉強食の"小泉改革"の正体が端的に現れている。第二次大戦の戦前、戦中、戦後の苦難の時代に大きな犠牲を強いられ、その後は我が国の高度成長を支えた年齢層を粗末にしすぎているのではないか。
NHKの解説でも、「厚労省の狙いは高齢者の診療の抑制にある」と伝えていた。高齢化が進めば医療費が膨らむのは自明の理。七十五歳で線引きして、増加した医療費をその高齢者に負担させようという露骨な差別政策である。負担増がいやなら早く死になさいと言うに等しい政治である。
仮に、無神経な法律名と年金からのむしり取りを受け入れたとしても、今後の年金生活者の生活はどうなるのか? この法律を廃止しない限り不安が解消されることはない。
年金は原則的に増えることはないが、消費税は、逆進性や益税の矛盾をそのままにして上げられるのだろう。踏んだり蹴ったりの高齢の年金生活者はどうやって生きていけばいいのか?
菅直人氏(民主党)は、「年齢差別が医療の差別につながる危険性がある。気をつけなければ『うば捨て山保険』になる」(四月三日会見)と断じた。本人の意思にかかわりなく被保険者にされた私も同じ考えである。
国会議員や厚労省の役人は、物価(特に食料品)の驚くばかりの高騰の実態を把握しているのだろうか。毎日の買い物を一円でも安く上げたいと努めている庶民の生活が分かっているのか? あるテレビの出演者が、「よく暴動が起きないですね」と言ったのを耳にしたとき、同じ思いに捉われたものだが、現実にはそれがやれないのがもどかしいのである。
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