「蟹工船」と階級闘争
貧しい人々の過酷な労働と団結を描いた小林多喜二(1903~1933年)の代表作の「蟹工船」がブームになっているという。この作品は、北の海で低賃金の男たちが搾取に耐えながら蟹漁に従事し、階級闘争に目覚める姿を描いたプロレタリア文学の名作である。
半世紀以上も前の敗戦後にむさぼるように読んだ記憶があるが、時を経て今、この名作が若い人々に読まれているのは、この政治・社会情勢の中では必然の成り行きだったのだろう。
「戦わずして報われることなどありえない」。この機会に若者が階級闘争に目覚めることを期待すると同時に、一時のブームに終わらせてはならないと願っているのである。
最近の朝日新聞(08.5.18)の「耕論」に、「蟹工船」のブームに関する三人の識者の談話と寄稿が載っていた。中でも私の目を引いたのは「新たな階級闘争の始まり」と表題のついた、的場昭弘(神奈川大学教授)の寄稿だった。まさに、「我が意を得たり」の感がしたので、以下一部を引用させていただく。
(前段省略)ーー資源と食糧価格の騰貴は、第三世界の人々にもっとも大きな危機を与えるが、それは大きな津波となって先進諸国の人々の生活苦も招きつつある。
これは不安定な職場と低賃金に抑えられた若者たちを直撃する。一昨年フランス全土に広がった大学生や高校生の運動は、さまざまな形で今も続いている。フランス以外の欧州各地でも、若者を中心に左翼的社会運動の勢いが高まっている。
日本の若者も例外ではない。フランスの若者ほど政治意識をむき出しにはしないだろうが、内心は怒りにうち震えているはずだ。今の状況はグローバルに広がる新たな階級闘争の始まりなのである。
私は今春、「超訳『資本論』」(祥伝社新書)を出版した。それは、まさに古典的ともいえるこの階級闘争の構造を、いま一度マルクスの「資本論」に立ち返って考えてもらうためであった。
マルクスはこう述べている。資本家が獲得する利潤は、つまるところまじめに働く労働者からの労働力の搾取にほかならないと。利潤が他人の労働力の搾取であるなら、今の金融資本主義で獲得される一部の人々の高所得は、とりわけ非正規雇用の若者の低賃金、第三世界の人々(とりわけ女性や児童)の低賃金の結果ともいえる。
闘わねば何も起きない。
階級闘争も労働組合も知らない若い世代に、いま一度このことを理解してほしいのである。
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