政治家の言葉の軽さ 2

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井戸敏三兵庫県知事が公式会議で、「関東大震災が起これば関西にとってチャンス」と発言して世間から厳しい批判をうけた。数日後にこの発言をイヤイヤ撤回したが、このご仁も普通の日本語を知らないようだ。

 

阪神大震災で全国から支援を受けた県の知事が口にする言葉ではない。石原慎太郎東京都知事は、「役人上がりの浅知恵」と斬って捨てたが、その石原氏は自身が浅知恵の銀行課税で失敗。同じく思いつきで設立した挙句、乱脈を極める新銀行東京の責任を巡って逃げまくっている。人を批判する前に足元を見たほうがいい。

橋本徹大阪知事も、けんか腰の乱暴な失言で撤回・陳謝を繰り返しているが、「私が言うのもなんですが、問題発言です」と兵庫県知事を批判したという。何かとお騒がせな東西の両知事が批判するというのは、かなりひどい人物なのか? 兵庫県民がイヤな気分でいることだけは理解できる。

 

「麻生太郎首相が国会の答弁や国際的な会議の挨拶文の字を正しく読めなかった」と記事にしたのは多分、朝日新聞が最初だった。他社が続き、テレビの画面にも面白おかしく話題として出ている。

一国の首相として恥ずかしい思いはしているのだろうが、政治家の図々しさか、記者会見で問われた本人は「それは単なる読み違い、もしくは勘違い。はい」で済ませている。まあ、それはそれで、今後は公式の場で読む首相の原稿にはルビをふることで解決するとは思うが、気になる言葉遣いはほかにもある。

官邸の記者会見で首相が、「おれ」を連発するのはいただけない。「たかが記者ごとき」との意識があるのかもしれないが、記者会見は質疑応答などを通して国民に情報を提供する場だ。その国民向けに「おれ」はないだろうし、質問した記者にも失礼だ。だが、そう思わないところに首相の傲慢さが垣間見える。

同じ記者会見でも、質問した記者を無視してカメラを見つめて答えていた安部前首相の目は気味悪かったが、それでも彼は国民を意識していたのだろう。その安部氏と比較してみると、国民をなめきった麻生氏の傲慢さが際立ち、安部氏の方が「国民に誠実だったのか」と、ついつい錯覚しそうになるから言葉というものは不思議なものである。

麻生首相には仲良しグループの鳩山邦夫氏が忠告すればいいと思うが、鳩山氏自身には、最近の砒素と和歌山を結んで発言・陳謝した一件もある。たび重なる失言の"前科"をみれば、助言役は所詮無理。首相の失態は当分、続きそうである。

 

 相次ぐ妊婦受け入れ拒否問題について、「医者のモラルの問題」と発言し、医師や市民の団体から抗議を受けたという二階俊博経済産業相が、13日の参院の委員会で官僚にコメントを代読させて陳謝したという。治家は言葉が命だ。なぜ自身の言葉でやれないのか? 皆さんの言葉は公約並みに軽いんですねえ。

 

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ふくお ひろし

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