言葉の軽さと重さ
またまたと言うべきか、相変わらずというのか? 麻生首相の失態がテレビで語られた。日曜日の昼のテレビ朝日に出演した、元首相の小泉氏の秘書を務めていた人物が、「麻生首相が元厚生事務次官の殺傷事件に関する談話の中で、『怪我』という字が分からないのか、『カイガ』と読んで批判を受けている」と言っていた。
そのうちに新聞にまた「マンガ脳」などと書かれ、マンガ愛好家は肩身を狭くするのだろう。一国の総理というより、人間としての軽さがこれほど際立つ人物は政治家の中でも珍しいのではないか。早く取り替えたほうがいい。
WBCの選手の選出を巡り、指名された中日の4選手全員が参加を辞退した問題で、中日球団と落合博光監督に批判が集まっているという。だが、結論から書くと、落合監督の次の言い分が正しいと私は思っている。
落合監督「公式戦以外のイベントへの参加の強制権はない。プロ野球選手は球団の社員ではなく、個人事業主。故障をした時の保障もないし、自分のことを考えるのは一番の権利。全部NPBがフォローしてくれるならいいけど理想論を掲げられて一番困るのは選手だ。みんな出てくれると思っているのが大間違い」。
北京オリンピックの星野監督の采配は素人目に見ても理解できないものだった。それで壊された選手の不満もあるだろうし、以後のペナンとレースの影響を考えれば、二の足を踏むのは当然ではないか。前回のWBCはロッテの選手が主力を占めたが、その年のペナンとレースではロッテ選手は調整不測とかでリーグの連覇はならなかった。
監督の選び方にも黒幕の差し金があるのか、日本一の西武の渡辺監督でなく原巨人監督が選ばれた経緯も不可解だ。それらの問題が中日勢の判断の根底にあるとしたら、それはそれで止むを得ないこと。オリンピックにしろWBCにしろ、選手にとっては日の丸を背負って国の名誉のために参加するわけではないだろう。その意味では落合監督の理論は納得できるものだった。
WBC日本代表の相談役のソフトバンク・王最高顧問は、中日の代表候補選手がすべて辞退したことについて言及し、選手の意向を尊重する方針を明かし、日本代表監督を務めた06年の第1回大会でも辞退者が続出していたことを例に挙げ、「前回は表に出していないが、出られませんという人がたくさんいた」と、語ったという。表に出さなかったのはさすがに王さん、出る出ないは個人の判断だ。中日勢を意識して表に出した方が"政治的"だ。元々監督の決定の経緯も何となく胡散臭かったのだから、落合監督は気にすることはないさ。落合監督と王さんの言葉には重みがある。
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