市長を排除して「市民と議員と語る会」
阿久根市議会の出直し市議選後、初めて開かれた市議会全員協議会は、「市民と議員と語る会」を29日に阿久根市民会館で開催することを決めた。司会進行は第三者に依頼する。
ブログで市議会や市役所を批判し続けている竹原信一市長に対する2月の不信任決議の是非を市民に問い、定数16のうち11議席を占める反市長派議員らが再度の決議案の提出理由を説明するという。
竹原市長は出直し市議選後、市長、議員、市民による「対話集会」の開催を求めていたが、市議会側は竹原市長に出席を要請しないことを決めた。反市長派議員は「竹原市長ではなく、市民と話がしたい」、市長派議員からも「市長が来ると、まとまるものもまとまらない」との厳しい意見が出たという。
竹原市長は出直し市議選後、市長、議員、市民による「対話集会」の開催を求めていたが、市議会側は竹原市長に出席を要請しないことを決めた。反市長派議員は「竹原市長ではなく、市民と話がしたい」、市長派議員からも「市長が来ると、まとまるものもまとまらない」との厳しい意見が出たという。
竹原市長は報道陣に「阿久根のことを考えるのならば、対話集会の場からわざわざ市長を外すのはおかしい。参加したかった」と話したという。
元々、市議会側と竹原市長の間にまともな論戦があったとは言えないようだから、どちらの言い分が正しいのか、市民を交えて討論する絶好の機会がこの集会だ。初めから市長を排除して行う市議会側の対応は狭量すぎる感がする。
「民主主義とは」とおおげさに構えて言う気もないが、再度の市長不信任可決で多額な税金を充てる市長選挙が行われることが予想されるのだから、市民の声を聞くと同時に、市長派の議員と竹原市長の意見にも謙虚に耳を傾ける姿勢が議会側に求められているのではないだろうか。反市長派の議員が、竹原氏の市政改革への考えが間違っているというのなら、せっかくの機会だから、集会に参加した多くの市民の前で竹原市の政策を論破すればいいのである。
野党の一人会派だった私は、歯に衣着せぬ物言いで嫌われ者だったが、議会改革を主張したときは、市民感覚に基づく正論と説得力で何日かけてでも他会派を説き伏せ、結局は全会派の合意を取り付けるという成果を上げてきた。だが、国会から地方まで、この国では議論に不慣れで、そのうえ異論を毛嫌いし、ただ、多数が群れれば何でも通ると考えている議員が圧倒的に多いのが現実である。阿久根市議会がそこから脱皮することに期待したいが、竹原市長に対する今後の対応次第では、満天下に恥をさらすことになるのかもしれない。
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