主権者に背を向ける議会
愛媛県議会の議会運営委員会は6月17日、阿部悦子議員(環境市民)が求めていた「委員長報告に対する質疑」の取り扱いを協議。委員長報告に対する質疑を"重大な瑕疵に限定して許可する"ということを全会一致で決めた。
「委員長の報告内容に間違いや見過ごしなど重大な瑕疵があると認められる場合に限り許可する」というもので、事実上、質疑を不許可にできる決定である。まさに、多くの議会に見られる、良識のある議員と市民に挑戦するかのような「閉ざされた議会」の典型である。
全国の地方議会でまともに機能している例は数少ない。多くの場合、議会の多数与党がゴリ押しして、少数派の発言の機会を封じ込めているのが目に付くが、愛媛県議会もその例に漏れないようである。議員の与党意識が強く、選挙で市民の付託を受けている立場を忘れ、与党として一刻も早く議会を閉会させたいと考えているところにその原因の一つがある。もう一つは、委員会審査の形骸化を本会議の会議録に残したくないとの意識も働いているようである。
だが、委員会の審査が十分に行われているかどうかを本会議で質すことは議員の責務である。議会運営委員会の中では、「委員会審査の内容は録音を聞けば分かる」(愛媛新聞)などの暴論があったということだが、市民を傍聴席から締め出しておいて、同じことを言って通る話ではない。議会の中の少数派でも、多くの市民(主権者)の負託を受け、委員会が機能しているかどうかの真実を本会議で質すのは責務にひとしい重要な仕事である。県議会の多数派が少しでも主権者の立場に立っていれば、このような決定などできるはずはないのである。
なみに、東京の23区のうち荒川区議会には「委員長報告に対する質疑は行わない」という、常識外のあきれた申し合わせがある。他の区議会の多くも「委員長報告に対する質疑は前例がない」というのが実態である。
最近の江戸川区議会で、今期初当選の上田令子議員(プロジェクト江戸川)が質疑の通告書を出したところ、なんと議会事務局職員が「前例がない」として受け取りを拒否したという、およそまともな議会では考えられないような一件がある。上田氏は、私たち外からの支援。励ましの声に応えて妥協せずに戦い、「議員の権利」を主張して風穴を広げている。また、嫌がられながらも数十年ぶりという本会議の討論も行い新風を吹き込んでいる。
議員の発言権は会派に関係のない固有の権利である。発言したくない議員は他の議員の発言を封殺しようなどと考えずに沈黙していればいいのである。
私の古巣の市議会でも「委員長報告に対する質疑はしないという暗黙の了解がある」と社民党議員(当時)がうそぶいていたのを耳にしたことがある。どうりで社民党と自民党の議員の質疑はみたことがなかった。委員会が十分な審査をせずに結論を出したことを暴露され、会派から出ている委員長に恥をかかせたくないとの"相互扶助"の姿勢の表れとみていたものである。議員相互の批判と監視の姿勢を否定するようでは、議会を監視する権利を有する市民の「知る権利」に応えられるはずはない。総選挙を前にして「地方分権」が声高に言われている。そうであるならなおのこと、議会を活性化させなければならないのはいうまでもないことである。
市民の側に立つ議員は常に、議会を活性化させる方策などを考えなければならないし、その主張を非妥協的に展開するとともに、形骸化している議会の実態を公表しなければ風穴は広がらないと心得るべきである。同時に、市民の側も絶えず議会を監視し、声を上げ続けなければ議会は機能しないと思ったほうがいいのである。それほどに、我が国の地方議会は"不毛地帯"にひとしい特別な存在なのである。愛媛県の阿部悦子議員と心ある市民の活動に期待するゆえんである。
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