自民の逆転勝利の悪夢
朝日新聞は20日の朝刊の一面トップに「民主党、300議席うかがう勢い」と独自の調査結果を載せた。公示直前の週刊誌等に載った予測も、おおむね民主党の勝利を予測している。
だが、自民党の余りの負けっぷり予測のひどさに、気の小さい私の脳裏には、自民党の大逆転の悪夢が蘇ってきた。
選挙プランナーの三浦博史氏は、自民党178議席、民主党243議席と予測。内訳は小選挙区で自民党120、民主党161、比例で自民党58、民主党82。
自民党187議席、民主党236議席と予測するのは政治評論家の浅川博忠氏。選挙予測では定評のある宮川隆義氏の予測は民主党圧勝で、文春の8月19日の新聞広告は、民主党291 自民党128と信じられないような活字が躍っていた。そして、まるでそれを裏付けるような朝日新聞の20日の調査結果だった。
だが、自民党が大逆転して勝利する機会があり得るのだ,と書くと「何を血迷っている」と言われかねないが、若い方には記憶がないとしても、過去には誰もが予想できなかった、劇的な逆転劇が存在するのを忘れるわけにはいかないのである。
悪夢の逆転劇とは
1979年の総選挙では、大平正芳首相(当時)の増税発言が響いて自民党が過半数を割り込んだ。その結果、大平氏の責任を問う反主流は大平氏の退陣を要求。党内抗争が発生し、自民党は分裂状態になった。紆余曲折はあったが、選挙後の国会では、決選投票の結果、第2次大平内閣が発足した。しかし、これによって自民党内にはかつてない「怨念」が残り、事実上の分裂状態が続いた結果、第2次大平内閣は事実上の少数与党内閣の様相を呈した。
翌1980年5月16日、社会党が内閣不信任案を提出すると、反主流派はその採決に公然と欠席してこれを可決に追い込んだ。大平氏は不信任決議案の可決を受けて衆議院を解散、総選挙を参議院選挙の日に合せて行うという秘策・衆参同日選挙で政局を乗り切ろうとした。いわゆるハプニング解散である。
総選挙が公示された5月30日、大平氏は第一声を挙げた新宿での街頭演説の直後から気分が悪くなり、翌日過労と不整脈で虎ノ門病院に入院した。そして6月12日心筋梗塞によって死去した。48年ぶりの現職総理の死去という想定外の事態は状況を一変させた。自民党の主流派と反主流派は「弔い合戦」を大義名分に挙党態勢に向かい、有権者の多くも同情票を自民党候補に投じた結果、自民党は衆参両院で安定多数を大きく上回る議席を得て大勝した。
これが大逆転に至る真相である。まさか、この選挙で大逆転があるとは思わないが、万が一のとき、移ろいやすい人心がどう動くか? 何が起こるかわからないのが世の常。30年前の悪夢の再現だけは見たくないものである。
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