「東京五輪」落選は朗報
2016年夏季の五輪に立候補していた東京は、3日のIOC総会で落選と決定した。めでたし、めでたしである。
新銀行東京の経営再建、築地市場の移転と、ほかの課題で追い詰められつつあった石原知事は、課題を置き去りにして五輪招致に熱を上げていた。それだけに政権末期の石原都政に大きな打撃となるだろう。
都議会でも市民派と共産が「税金の無駄遣い」として反対。民主は招致自体には反対しなかったが、五輪スタジアムの新設には難色を示していた。だが、民主は都議選後に知事に頭をなでられたのか? いつものように自公に引っ張られて賛成に転じたのは想定の範囲内だった。ただし、誘致活動のために公費を1人100万以上もつぎ込んで自公議員と共に現地に議員を派遣したのはいただけない。一方、反対派の福士敬子都議(市民派)が自費で現地入りして反対運動を展開したのは立派。だが、賛成一色だった報道の偏りも気になるところである。
元々、オリンピックは我々都内に住むものにとっては何のメリットもない。莫大な金をつぎ込む余裕があるのなら、他にやるべきことはいくらでもあるはずだ。
情緒的な言い方になるが、ナショナリストの石原知事が、「国家的事業」と口にするだけで、「国威の発揚」なる言葉を連想する。第2次大戦前のヒットラーによる、政治利用の最たるベルリンオリンピックを思い出してウンザリするのが我々の世代だ。ナショナリズム台頭の兆しがある時には特に警戒心は必要である。
それはさておき、8月30日の自民党政権崩壊に続く、極めて気分のいいニュースに接したものである。長生きするものである。
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